人間は両親から生命を授かりこの世にと言う「人生」を歩み出す。
若いうちは、希望に燃え地位や名誉、はたまた欲望という名の金銭を必要以上に求めることがある。若いが故に誰もが欲するのは理解できる。
しかしどうであろうか?最初は1つの欲望を満たし、次には限りない欲望を満たすために自身では抱えきれない程の「欲望」という重荷を背負って居ることに気づかず生涯を終える人も多いのではないだろうか。
仏教では「執着」という「欲望」から離れて寺社に僧侶(仏教教団)に寄付をし功徳を積むことを勧めている。
別の呼称では「喜捨(きしゃ)」と呼び喜んで捨てることともされている。
人生100年時代を迎え、人生の終焉を迎えるに辺り一つ一つの荷物を下ろしてはいくのも良いのではないだろうか。
山の頂はもうすぐそこであることを考える年を迎えた人々に一考頂きたい今日この頃である。
あくまで、既存仏教教団の一端であり、新興宗教の考えとは一線をかくすものです。
Copyright (C) mitsugonji. All Rights Reserved.